oyabaka essay

小さな恋のメロディー4 最終章

 全てが計画通りに進んでいた。僕たちは交代で子犬のエサを毎日かかさずあげた。一緒に学校へ行き、帰りも待ち合わせて一緒に帰った。秘密の隠れ家で暗くなるまで話をして、また明日の朝、ここで逢う約束をして別れた。そして四日目の朝が来た。

 いつものように、僕は隠し持ったビニール袋の中に、朝ご飯を半分入れて、味噌汁を流し入れる。母さんは台所に立ちっぱなしなので、そう難しい作業ではないかった。そしてビニール袋をしっかり結んでランドセルに突っ込んだ。「行って来ま〜す」と叫んで玄関を飛び出せば、それで任務完了。後は恋人が待つ隠れ家へと一目散に走るだけだ。

 朝は人気がないので堂々と倉庫に入れた。毎日僕が先に入って、アグネスを待つパターンが続いた。何時ものように、倉庫の引き戸を開けると、今朝はちょっと、何時ものパターンと何処かが違っていた。奥のドラム缶の上に居ない筈の人影が見えたからだ。唯一ある窓の逆光に浮かび上がるシルエットは、アグネスよりも大きく見えた。
「アグネス、早いね」
「アグネスって誰か」
そう答えたのは、声変わりをしたアグネスではなく、うっすら髭が生え始めたアグネスの兄ちゃんだった。
兄ちゃんの声は震えていた。
「お前、誰か」
ドラム缶の上に片膝を抱えたシルエットが、僕に凄んで見せた。子犬の事が見つかったんだと直感した。でも、こんな時は親が出てくるもんだろう。そう思った僕は、戦う姿勢を取った。
「おっおれは、おっおっ」足が震えて立っているのがやっとだった。それでも勇気をを振り絞って叫んだ。
「おおお俺は、いっい犬に、エサを、やややりに、きき、来ただけです」悲鳴のような声しか出ない。
「そんなことは知っとる。名前を言えよ。妹に聞いたら知らんって言うけん、別に怒ってる訳じゃ無いから、名前を教えてくれ」兄ちゃんは少しずつ声を和らげた。
「アグネスが知らないって言ったんですか?」
「アグネスって誰か・・・ふざけるな。もしかして、お前も妹の名前を知らんのか」兄ちゃんは呆れた感じて少し笑った。
「お前ら何しよるんか。お互い名前も知らんとか、びっくりするわ」そう言って、兄ちゃんはドラム缶からひょいと飛び降りた。びっくりした僕は後ずさりををして何かに躓いた拍子に尻餅をついてしまった。積み上げられていたガラクタがガラガラと崩れて大きな音をたてた。
「しっ」兄ちゃんは慌てて窓の外を覗いた。
「ええか、もう妹に近づくな。今度ここに来たら次は殴るけんの。お前の親にも言うな。うちの親に知れたら大事になるけん。ええか、二度と妹に近づくなよ」兄ちゃんは低い声でそう言った。
「分かったか!」
「うん、分かった。でもこれ、犬にあげていいですか」と言いながら、僕はランドセルを開けた。中を覗くと、さっき尻餅をついたせいで、味噌汁ご飯がカバンの中で破裂していた。それを見た僕は、急に悲しくなって、涙がどっと流れ始めた。
「教科書が、ぐちゃぐゃになって・・」
「煩い、泣くな」
「おかあさんに、おかあさんに・・」
「分かったから泣くな、出してこれで拭け」そう言って、兄ちゃんはどこからかウエスをひっばり出してきて、僕に向かって投げた。
「宿題のプリントが、ぐちゃぐちゃやし、先生にに、先生に・・・」涙が滝のように流れた。兄ちゃんは困った顔をして、
「遅刻するけん、俺は先に出るけど、さっき言った事忘れるな」そう言い残して、泣きじゃくる僕をそのままに、倉庫を出て行ってしまった。暫く僕は、その場で泣きながら、ノートや教科書にについた米粒を一粒づつ摘んでは、暗闇に向かって投げつけた。涙が止まるまで、ずっとそうしていた。
 学校に着いたのは1時間目の中頃だった。泣きながら教室に入って来た僕に、先生は遅刻の理由を聞かなかった。授業が終わった後、アグネスが教室まで訪ねて来てくれた。
「ごめんね、朝びっくりしたやろ。昨日の夜、兄ちゃんに見つかってさ、朝早くに子犬を返して来たほ。後は俺が話すからって兄ちゃん言ってたけど、兄ちゃんとあった?」
「あった。もう逢うなって言われた。」
「私も言われた。言われんでもね〜、もう犬もおらんし。ごめん、最後に名前教えて」
「ぼ、僕の、なな名前とか・・・・もうええやん」
アグネスは僕が泣いたことを知らない。いつもの屈託ない笑顔を見せて「楽しかったね、またね」と言って走り去って言った。

 2時間目の授業は国語だった。僕は味噌汁で濡れた教科書を、家に忘れて来た事にした。隣の席の女子が机を付けて見せてくれる事になった。
落ち込んでいる僕に、女子は優しく声をかけてくれた。
「大丈夫?・・痛かったの?」
そう言って、新アグネスは天使のような微笑みを僕に投げかけてきた。
                      終わり

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