oyabaka essay

僕たちのトイレ戦争 6(最終回)

 お腹がゆるい僕たちは、チームを組んで「学校で大便をする」という当時非常に困難なミッションを毎日こなしていた。ナリと西田とは固い絆でむすばれていたが、学校での日常生活では行動を共にすることを避けていた。
そんな僕たちが、二年の秋に解散することになった。そのきっかけとなった男が、松田だ。
 松田はマッツンと呼ばれ、かなりの男前だった。ファッションにも敏感で、当時長ランが流行っている中、短ランを着てきて「お前洗濯のしすぎやろう」と笑われる程、時代の先端を走っていた。この格好良すぎる男がスポーツをすると、驚くほど格好悪かった。マッツンの走る姿は、「危ないデカ」の柴田恭兵が、拳銃を持って犯人を追いかける姿に似ていた。小走りの間に時々スキップが入る。スーツにサングラスではなく、洗濯し過ぎた短ランではさまにならなかった。
 ある日の三時限目、理科の実験中の事だ。ガヤガヤとしている中、マッツンが先生に何かを告げて教室を出ていった。暫くして戻ってきたマッツンに「どうしたん?」と何気なく尋ねると、マッツンは「トイレ」と答えた。
「小便?」
「いいや、大便よ」
「えっ・・・・」
 驚いた僕はマッツンの顔を暫く見つめていた。マッツンは僕に目を合わさずに、かざしたビーカーの底を見ながら話し始めた。
「ふるさん、俺知ってるよ。トイレチームの事。苦労してるみたいやね」
「何で?誰に聞いたんよ」
「だって何時も顔が青くなってから、何処かに消えてスッキリした顔で帰って来るやん。もうバレバレやし。一度あとをつけたし」
と言った後、マッツンは小さな溜息をひとつついて僕の方を見て言った。
「俺、毎日やってるよ」
僕はマッツンの手からビーカーをもぎ取り、上にかざして底を見ながら、「頼む教えて」と言った。
「授業中よ。毎日体育とか理科とか、ザワザワした授業があるやろう。その時を狙って先生に言って行けばええんよ。誰からも邪魔されんし。戻ってきても誰も気にせんから、ゆっくり出来るよ。」それはとても簡単な事だった。僕は[トイレは休憩時間にしか行けないもの]だと勝手に思い込んでいたのだ。静まりかえった授業中に、手をあげてトイレ宣言をするには勇気がいる。僕はまわりを見渡した。確かにこの状態なら行ける。こんな単純なことをなぜ気付かなかったのだろ。
「それよりもふるさん、俺、バスケやめようと思うんやけど」話が突然変わった。
「ああ、走り方が変だって言われて、先輩に走らされとったね」
「もうね、どうやって走ったらええか分からんのよ。」
「刑事みたいに走らんで、犯人みたいに走ったらええんやないん」
「なにそれ」
「がむしゃらって事よ」
こうして中二の秋、腸が弱い男達のチームは解散し、マッツンはバスケ部を辞めた。  終

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