oyabaka essay

青木さん一家

子どもの頃の記憶は曖昧で、中には夢で見た出来事も、現実と同じ引き出しにしまっていたりする。
私の幼い頃の記憶も、夢の出来事が多く入り交じっていている。
どれもが人に話すと笑い飛ばされるような出来事で、それは今でも私の記憶倉庫の片隅に積み上げられたままだ。
その夢か現実か判別不可能な出来事の一つに、「青木一家」がある。

青木一家

青木さん家族は、私たち家族の下に住んでいた。
下と言ってもアパートとかマンションなどの下の階という意味ではない。
私達の家は平屋の一軒屋だったので、正確に表現すると地下ということなる。
地下と言っても、地下へ続く階段があるわけではない。
青木さん一家は我が家のトイレの下に住んでいたのだ。

4歳の時、私は落とし便所の穴に下駄を片方落としてしまった。
母にその事を告げると、母は眉間に皺を寄せてこう言った。
「また、青木さんに迷惑かけてしまうわ」と。
「あっ青木さんって、誰なん!!」私は慌てて母に問いかけた。
私は以前から不思議に感じていた。
家の中に深い深い穴がある。底が見えない、まるで地獄につながっているいるような深い穴がある。
その下にはきっと、別の世界があるのだと信じていた。
「ねえ、青木さんって、どんな人? 」
「どんな人って、そうやね〜、背が高くて馬みたいな顔をしとって、そうそう、お前と同じ歳の子どもがおるって言いよったわ」
「下に住んどるん?」
「下?・・・そうやね〜、下の方やろうね〜」我が家は小高い丘の上にあったので、母は何の疑問も抱かずそう答えた。
しかし、私が言った下とは、落とし便所の底を意味していた。
そして私は確信したのだ。落とし便所の下に、青木さん一家が住んでいると。

その日、私は兄ちゃんと留守番をしていた。
どこからか、声がする。
「ぼっちゃ〜ん。ぼっちゃ〜ん」
兄ちゃんが玄関を開けたが、誰もいない。それでも声はどこからか聞こえてくる。
「うちじゃ無いんやろう」と言って兄は見ていたテレビにもどった。
「ぼっちゃ〜ん。青木で〜す」
私はハッとして、トイレの戸を開けた。声ははっきりと落とし便所の底から響いていた。
私は恐る恐る穴を覗いた。懐中電灯の光で一瞬目がくらんだ。
「よかった、ぼっちゃん。下駄があったけど捨てていいよね〜」と言いながら、青木さんは自分の顔に光りを向けた。
青木さんだった。母のが言った通りの青木さんが、カッパを着て見上げていた。
「こっ、こんにちは・・・」私は下の住人にとりあえず挨拶をした。
「こんにちは。汲み取りの時にホースに詰まったらいけんけんって、母さんに頼まれてね。コレ、捨てていいよね」
と言って青木さんは下駄を上にかざした。
「ぼく、分からんけん、兄ちゃん呼んできます」と言って私は便所を出た。
心が躍っていた。便所の下の青木さんは本当にいたんだ。
「兄ちゃん、兄ちゃん」
「何?どうしたんよ、落ち着けよ」
「落とし便所の下に住んでる青木さんの話、したよね。今、会った」
「あほか」
「青木さんが、ぼくが落とした下駄をどうするかって」
「知るか!!」兄はまるで相手にしてくれなかった。
私は便所に戻って穴を覗き、青木さんに叫んだ。
「青木さん、下駄落としてごめんなさい。それ捨ててください」
青木さんから「りょうか〜い」と、短い一言が帰ってきた。

母が仕事から帰宅した。
「青木さん、来たやろう」と母が言った一言に兄が目を丸くした。
「来たよ。下駄、捨ててって言っておいた」私は誇らしげに答えた。
「ちゃんとお礼言った?」
「うん、謝った」
「そう」と言って、母は私の頭を撫でた後、台所へ行った。
兄は目をぱちぱちさせながら「ほっ、本当やったんか・・・」と呟いた。

それから私は、トイレに行く度、「青木さ〜ん、よけて〜」と穴に向って叫ぶようになった。
しかし、青木さん一家からの返事は一度も無かった。

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