oyabaka essay

捕 虜

中学1年の姉は、ダンス部に入部したばかりだった。
姉は新しく覚えたバトンの技を毎日の様に私に披露してくれた。
姉は僕を四帖半の自分の部屋に連れ込み、鍵を閉める。
スクール水着を来た姉がゆっくりと振り向き、
「今日はすんごいのやるね。」
と言いながら不敵な笑みを浮かべた。

姉は畳に片膝を付け、うつむいてリズムを取り出した。
その姿は驚くほど凛として、謎めいた自信に満ちあふれていた。
まるで地獄からサタンを呼び出す儀式のように、静寂の中に
身の毛がよだつ強い妖気を発していた。
僕は思わず唾を飲んだ。始まってしまったら、この儀式はもう誰にも止められない。

「ハッ、ズンズンタタズンズタタ」
歌いながら笑っている。凄まじい勢いで、けたたましく歌ってる。
やがてゆっくりとバトンが円を描きはじめ、儀式がはじまる。
「ズンズンタタズンズタタ」
ビュンビュン音をたてて、次第に勢いを増すバトン。
姉の魂が乗り移ったかのごとく、狂ったように回り続ける。
そしていつものように、魂を受け継がれたバトンは
飼い主の手におえない野獣と化す。

「あっ」
姉の発する声より早く、バトンが凶器へと変化した。
「ぶひゃっ」
僕は軽い命ごいの悲鳴を発した。
(ズドーン)
バトンは僕の頬をかすめてふすまに突き刺さった。
一瞬の出来事だった。
コンマ何秒の戦いだった。一瞬の瞬きが命とりとなる。
僕の頬がほんのり赤身を帯びて来た。

姉は踊りながらバトンを取りに行く。
どうやら先輩に、
「失敗しても踊り続けるのよ」と教わったらしい。
弟を殺しかけたにもかかわらず、笑いながら踊りつづける姉。
私は姉からなるべく離れて、再びバトンへと意識を集中させた。

「ズンズンタタズンズタタ」
「あっ」
「うげっ」
(ズトーン)

「ズンズンタタズンズタタ」
「とう」
「ひっ」
(ズトーン)

2mの至近距離から放たれ、時速120kmで飛んで来る鉄の凶器を、
紙一重で避けつづける6才の僕。
僕を支えていたものは、幼い生命力と直結した瞬発力だった。

「ズンズンタタズンズタタ」
「そりゃっ」
「ぐぁふっ」
(ズトーン)

終わりなき試練、僕は捕虜となった日本兵のように、
無抵抗のまま己と戦い続るしかない。
そうやって僕はこのすさまじい拷問を耐え続けた。

1週間後、無惨な戦場の爪痕(ボロボロのふすま)を母が見つけ、今度は姉が拷問にかけられるはめになる。

姉のバトンは現在「美しい青春の思い出の象徴」として実家の拷問室に飾られている。

家族って何なんだろう。その答えは未だ出ていない。

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