oyabaka essay

先日、「蜂が子別れをしたので手伝ってほしい」と妻の実家から電話があった。
「蜂の子別れ」は、この時期よくある事で、天気がいい日に女王蜂が新しい巣を作る為に、
何千匹もの働き蜂を伴い、巣箱から旅たつのだ。

義母の言う「蜂が子別れしたので手伝ってほしい」とは、
その蜂を一匹残らず捕獲する事を示唆している。
内心ドキドキしているのを妻がさっしたらしく、
「あんたじゃ無理よ」と言って来た。
「何を言うとる。まかせんか!!」
とは、言ったものの、私は何をどうすればいいのか、全く理解していなかった。
やがて、現場の状況を目にした瞬間に、それがとてつもなくデンジャラスな作業と言うことを知る。

10mはあろう巨木の遥か上に、人の頭ほどの「蜂」のかたまりがあった。
心臓の「ドキッドキッ」が「ムリッムリッ」と鳴りだしたかと思うと、
「ムリムリムリムリムリムリ」とピッチを上げて叫びはじめた。
妻は上を見上げ「ありゃ~無理だ」と言った。
その言葉にカチンときた私は、「はしごは?」と、プロの眼差しで蜂を見上げながら言った。
「あのハシゴを使って」
義母が指差した梯子を見て、私は目眩を感じた。 
そこにあるのは3mしかないハシゴ。
どう見積っても短すぎる。しかし啖呵を切った手前、後には引けなかった。
とりあえず梯子をかけて行ける所まで行く事にした。

梯子の最終まで行き高さを確認して、意を決してよじ登る事にした。
我ながらアッパレな勇気である。「凄いぞ、俺は凄いぞ、見てますかお母さん!!」と自分を励ましながら、どんどん上を目指してよじ登った。
空がぼくにエールをくれる。太陽がぼくをスポットライトのように照らす。
どこまでも、どこまでも登って行け!!・・・・・私はあっという間に力つきてしまった。
上にも進めず、下にも戻れず・・・。(推定4m地点)
巨大なコアラは最後に残った力振り絞って叫んだ。
「お~い、お~い」
呼んでも返事がない。とりあえず叫び続けた。
「おーい、助けろぉぉぉぉぉぉぉ」
次第にヒステリックになって行き、声は断末魔となる。
「ひょぉぉぉぉい!!、おひょぉぉぉぉい!!」
しばらくして、妻と母がシートを持って家から出てきた。
(そうか、レスキュー隊がするように、シートの上に落ちろと言う事か。しかし、女二人で私の体重を支えきれるだろか。)
「おーい・・早やくしてくれー」
(今にも手が離れそうだ。天に運を任せるしかない。)
しかし二人がとった行動は、私が思い描いたものとは違っていた。

二人は私の姿が良く見える芝生の上にシートを広げ、靴を脱いで上がり、
用意していたポットのコーヒーをマグカップに注ぎはじめたのだ。
信じられない光景を間のあたりにした私に、怒りのパワーがみなぎった。
「助けんかー!! 落ちるってー!! 何見物かー!! 落下見物かー!!」
私は、腹を抱えて笑う二人にそう叫ぶと、再び上を目指して進み出した。
妻・義母「おー動いた、動き出した!!がんばれ~」
二人は拍手をしながら大笑いをしている。
(死んでたまるか・・・死んでたまるか・・・)気が付つくと、私は地上7mにある木の又にいた。

ここで言っておかなくてはならない事がある。
私は生まれつき大袈裟な男で、釣り上げた5cmの魚を28cmと言ってしまう癖がある。
嘘をつく気は無いのだが、人間とはそういう生き物である。

気が付けば、私は地上7mにある木の股に座っていた。

睡魔が襲って来るほど私の体は衰弱しきっていた。
私は火事場の馬鹿力を完全に使いきった状態にあった。
下から、妻と母の叫び声が聞こえて来るが聞き取ることすら出来なかった。
(何を今さら・・・見殺しにしたくせに・・・見殺しにも見方ってものがあろうに。
これじゃあ、見物殺しやんか)

「危ないって、聞こえんの!!」
(危なかったんじゃ・・・)
「じっとしとき!!」
(言われんでも動けんわ・・・)
意識がもうろうとする中、義母の叫び声に混じって、嫌~な音が聞こえてきた。
それは「ブーーーーン、ブーーーーン」という、何千もの蜂の羽音だった。
「動いたら刺されるよ!!」
意識が急にはっきりした、(ヤバイ!!きっとかなり・・・)
私は恐る恐る上を見た。
「ふはーーーーーーーーーーーー!!」声が出ない、叫んでいるのに声が出ない。

きっとこれが漫画だと、眼球が飛び出ていたに違いない。
見上げた私の鼻の10cm程上に、垂れ下がった蜂の群れの先がある。
それは、ETと少年の指先が触れる瞬間のように、
後数センチで、解りあえるか刺されるか、そんな状態だった。

「動きんな、動きんな、動きんな」義母はオオムのように何度も繰り返す。
(動くなって、この状態でかーーーーー)
「うははははは、死ぬー死ぬー」
妻の馬鹿笑いが聞こえる。この死にそうな状態で、死ぬほど笑っている。
(そのまま笑い死ねーーーーーーー!!!!!!!!!)
妻「うははははは、いけ~(笑)」

恐怖心が次第に怒りに変わってきた。
(死んでたまるか・・・死んでたまるか・・・・)
私はゆっくりと身をかがめ、土俵でにらみ合う力士のように目を見開いたまま首を縮めた。
次に注意深く木の股から足をはずし、木の幹をがっしりと抱え、少しづつ腕の力を緩めながら、ズルッ、ズルッと音をたて、木を降り始めた。
(死んでたまるか・・・・死んでたまるか・・・)
とてつもなく長い時間をかけて下に進んだ。
ゆっくりと、ゆっくりと・・・。

気が付けば私の足は梯子にかかっていた。
全てが終わった、そして私は勝ったのだ!!
高さ、蜂、そして最大の敵、「妻」に打ち勝ち、死の淵から生還したのだ。
私は、まだ笑い終わらない妻のもとへ、体を引きずりながら歩みより、
一言ガツンと言ってやろうと思った。
しかし、私の一言よりも早く妻が言った言葉は、「で、何しに登ったん」・・・だった。

私は開けた口をしばらく閉じることが出来ず、その場にがっくりと崩れ落ちてしまった。
しばらくして、父が仕事を抜け出して応援に駆け付けてくれた。
2人がかりでなんとか捕獲に成功して、「助かったよ」と父にもらった労いの言葉が、唯一の救いとなった。

そして翌日、妻の実家から電話があった。
「昨日の蜂、朝見たら全部逃げとった」との事である。

終わり

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