oyabaka essay

探偵時代

 小学5年の出来事である。僕はいつも参観日が近づくにつれて憂鬱になった。母に学校へ来て欲しくなかったからだ。母は仕事をしているので、参観日には滅多に来ない。しかし、母が出席した参観日は、必ずと言っていい程事件を起こす。その後暫く、母は学校中の話題の的になった。それが辛くて辛くて、どうしようなく嫌で仕方がなかった。
「姉の体操服を着て、ドッチボールで最後まで生き残った事件」
「はりきりすぎて、歌舞伎の女形のような化粧をしてきた事件」
「廊下でお喋りをしていて、馬鹿笑いを先生に注意された事件」
そして、今回お話しするのが、「学級新聞を家に持ち帰った事件」
母は、「先生!!すみませんけど、これはちょっと・・・お前は帰って来るな!!」と、ひと言って棚によじ登り、学級新聞をビリッとはがして、教室から走り去って行った。

 話は一ヶ月ほど前に遡る。僕は父の押し入れが大好きだった。古い無線機、外国の写真、古い腕時計、ガラクタが入った大きな木箱。遠洋漁業に乗っていた父は、自分の全てをその押し入れにしまい込んで船に乗る。二年経って家に戻ると、押し入れに新たな宝物が加わる。そしてまた、海へと旅立つ。父の押し入れは誰も開けてはならなかった。そんな押し入れが家にあって、僕が入らないわけがない。僕は懐中電灯を片手に、押し入れの中に閉じこもり、何時間もそこで過ごすことが、週末の日課になっていた。

 ある時、とんでもない文字が書かれた靴箱を見つけた。
箱にはマジックで「探偵時代」と書かれてあった。
父の探偵時代、そんな話は家族の間で、交わされたことはない。恐る恐る箱を開けてみると、そこには古い写真が数枚と、探偵事務所の名刺と、免許証の様な物が入っていた。
写真の父は、スーツ姿でサングラスをかけて、外車の前でポーズを取っていた。
写真の裏には走り書きがある。
「調査中にたまたま停めてあった車の前にて。調査は鶏が盗まれる農家の張り込み。犯人はイタチだった」と書かれてあった。
「うはははは」僕は思わず大声で笑った口を抑えた。そしてとんでもない事を思いついた。
「これだ、これなら絶対にうける。」

 次の日の授業は、グループごとに分かれて、参観日で発表する新聞づくりだった。それぞれがネタを考え、自分に与えられたスペースを、記事や写真やイラストで埋めていく作業だった。ぼくは紙袋から「探偵時代」を取り出して、父の写真と免許証と、写真の裏に書かれた文字を原稿にして、誌面制作へと取りかかった。
「探偵って仕事、本当にあるんやね」
「お前のとうちゃん、ヒーローみたいやん」
「強いんやろ、鉄砲とか持ってた? 」など、クラスメイトの反応は思った以上で、特に男子からは尊敬の眼差しを向けられた。
「どうせ母さんは仕事でこれんし。念のため案内のプリントも渡さんで捨てたし」

 やがて参観日当日がやって来た。お母さん達は僕のグループ新聞に釘づけになった。指をさして笑っている人もいる。「参観日もいいもんだ」と思っていた時、ざわついていた教室が水を打ったように静まり返った。母が来たのだ。

その場にいた母以外の全員が、たたずを飲んで母を見守っていた。やがて母は僕の書いた新聞の前に立った。振り向いた母は、歌舞伎の獅子の形相をして、
「先生!!すみませんけど、これはちょっと!!・・・お前は帰って来るな!!」と叫んだ。
あれから数十年が経った今でも、僕は懲りずに家族をネタにして書いている。

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