oyabaka essay

小さな恋のメロディー2

僕たちはゆっくりと家の前の坂を下った。僕は女の子を安心させる為に子犬を抱かせて、少し歩いては家の方を振り向き、それを何度も繰り返した。(もしかすると、僕たちの悲しい背中を見た母が、呼び戻してくれるかも知れない。)そんなささやかな期待を抱きながら、僕はゆっくりと坂を下った。
 こうしている内に、僕と女の子の距離が少しずつ開いていく。とうとう坂を下りきった曲がり角で、僕は女の子の姿を見失ってしまった。
 きっとここでお別れをするべきだったのかも知れない。お互い名前も知らない一年生。しかし、このままでは後味が悪すぎる。そう思った僕は、「待って、待って」と叫びながら、坂の曲がり角へと急いだ。
 女の子は暫く歩いた場所にある、町民館の石段に腰を下ろして、僕が追いつくのを待っていてくれた。僕は女の子の横に座り「ごめん」と、か細い声で謝った。
「母さんは本気じゃないから。鳥は食べるけど、犬とかは食べないから」
そう言っている途中から、涙で景色が揺れ始めた。
女の子は僕の顔を覗き込んで、「もういいよ、分かったから泣かんで」と言った。
僕は咽びながら「違うんよ。母さんは犬は食わんけど、鳥を食べるんよ」と言った。女の子はキョトンとして顔で暫く考えて「鳥は私も食べるよ。鳥、美味しいもんね」と、優しい声で僕を慰めてくれた。
僕は山鳥の「くーちゃん」を思い出していた。父の罠にかかった山鳥のくーちゃんは、僕の親友だった。それを母がクリスマスの夜に丸焼きにしたんだ。まるで七面鳥料理のように、お腹にいっぱい何かを詰め込んで。そうやって母さんはいつも僕の友達を食べてしまうんだ。きっとこの子犬も・・。
「いいよ、もう泣かんで。子犬を食べる人なんておるわけないやん。
女の子は子犬の頭を撫でながらそう言うと、すくっと立ち上がり、
「よし、私の家においでよ」と、力強い声で言った。そして僕たちは、女の子の家を目指して歩き始めた。
「でも、犬とかダメなんやろ」
「なんとかする。ダメやけど飼う。家の横にね、大きな倉庫が亜るんよ。そこなら見つからずに飼えるかも」
そう言って、女の子はまるでドラマのように、握り拳を振り上げた。
「エサはどうするん?」
「朝ごはんを半分あげる」
「そんな事したら痩せるよ」
「おかわりするもん」女の子はクスリと笑った。
「僕はどうしたらいい」と尋ねると、少女は立ち止まり僕の顔の前に人差し指を立てて、もう片方の手を腰に当て、まるで魔法をかけるようなポーズで言った。
「交代で朝ごはんをあげよう。そして、放課後に毎日子犬と一緒に遊ぶ」

僕は完全に魔法にかかってしまった。少女は僕にとって、親友をことごとく食べる怪獣の元から、僕を救い出してくれた勇敢な魔法使い。お姉ちゃんも、お兄ちゃんも優しいけれど、やっぱりあの怪獣のこども達だ。いつも僕に意地悪な事を言う。でも僕は違う。
 保育園の頃に誰かが「僕はコウノトリに運ばれて来たんだ」と言ってい野で、僕も母さんに「僕もコウノトリが運んで来たの?」と、尋ねた事がある。その時、母はこう答えたのだ。
「お前は花見の時に、桜の木の股に挟まっとったんよ」
僕は母さんのこどもじゃ無かったんだ。もしもコウノトリが運んで来たとしても、その夜の夕食は、コウノトリの丸焼きだったに違いない。
そんな境遇を見かねた神様が、僕を救い出すために少女を寄越してくれたんだ。
踊る心を見透かされないように、僕は「子犬を抱かせて」と言って女の子に向かって両手を伸ばした。僕を抱きしめてと、言わんばかりに。
女の子は「食べるから、やだ」と言って、頬をプッと膨らませ、戯けてみせた。

つづく

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