oyabaka essay

小さな恋のメロディー

小学校1年のまだ制服が真新しい頃だった。
ある日学校から一人で下校していると、坂の中腹でこども達が集まって、なにやらがやがや騒いでいた。
そこには色々な学年が入り交じり、円陣を組むようにしてしゃがみこんでいた。
「おばちゃん、本当にいいん?」
「お母さんがええって言ったらね。」こども達の中に大人が一人まじっていた。
「可愛い〜」そう言いながら4年生くらいの女子が子犬の頭を優しくなでた。

子犬は5匹いたらしいが、4匹は何処かのこども達に引き取られたらしい。そして最後の1匹が里親を待っている状態だった。僕は一人立ち去って出来た空間に、急いで体をねじ込んだ。生後1ヶ月くらいの茶色い雑種の子犬が、こども達が差し伸べる手にじゃれついて遊んでいる。
「今日はもういいから、お母さんに飼っていいか、ちゃんと聞いてきなさい。」と言って、おばちゃんは急に立ち上がった。こども達は散々遊んで満足したらしく、素直にその場を立ち去っていった。
僕は今来たばかりだったので、ギリギリまでこの場に居ようと、その場に尻をついて座り込んだ。
残ったのは、髪の長い1年生の女の子と、鼻をたらした僕だけになった。
「おばちゃん、3日だけ子犬を貸して」女の子は意を決したように小さな声を絞り出した。
僕はへんてこな事を言う女の子の顔を、そっと覗き込んだ。
『こっ、子犬より可愛い』
「どうして3日なん?飼えばいいやん」僕はおばちゃんより早くそう訪ねた。
「だって、絶対駄目って言われるもん」
「3日したら返しにくるほ?」その質問に女の子は答えなかった。
「おばちゃん、僕が貰ってもいい?」
「ええけど、お母さんに聞かなくていいの?」
「おかあさんは、貰えるもんは何でも貰ってこいって。餅まきの時にそう言いよったし」
「犬と餅は違うやろう、ええよ連れて行って駄目やったら返しにおいで」とおばちゃんは笑って子犬を僕に抱かせた。
女の子はしゃがんだまま俯いている。僕は立ち上がって女の子に向かってこう言った。
「行こう。一緒に育てようや」
女の子ははっとした顔をして「うん」と頷き、僕に笑顔を見せた、瞳にはうっすら涙が浮かんでいた。『こっ、子犬より可愛い』

二人は肩を寄せながら歩いた。女の子が子犬を抱き、僕は子犬の口に手をやり舐めさせた。
「どうやって一緒に飼うん?」と女の子が聞いてきた。
「交代でええんやん。3日づつ育てるんよ」
「そうか、3日づつか。でも家、一日も駄目かも知れん」女の子は再び寂しい表情でそう言った。
「それやったら3日泊まりに来たらええやん」
「そっか、泊まりに行く」一年生の会話である。

そうこうしていると、あっという間に僕の家の玄関にたどり着いていた。
僕は女の子に「ここで待ってて、お母さんに見せて来るけん」と言った。
女の子はコクリとうなずき、ガッツポーズをして見せた。『こっ、子犬より可愛い』

僕は女の子の希望を背中で感じながら玄関のドアを少し開けた。
開けたドアの隙間から母が見えた。母は僕の声に気がついて玄関の土間まで来ていたのだ。
「なんかねその犬は・・」僕は母の声色を察知し、急いで家に入りドアを閉めた。
「なんかねって、その犬は。どこから拾って来たんかね。」母は凄い剣幕だ。
「餅まきで・・おばちゃんが・・3日だけ・・」僕は頭が混乱していた。
母「捨ててきなさい」
僕「いやじゃ」
母「捨ててきなさい」
僕「ええやんか!鶏は飼って、犬は何でいけんのよ!」
母「食べてもええんかね」
僕「なななななな・・なんで食べるんかね!!」
母「食べんけん、捨ててきなさい」
僕「捨てたら死ぬやんか」
母「いいから捨ててきなさい」
僕「死んだら食べたんと一緒やんか!」
母は玄関のドアを勢いよく開けて、僕を外に押し出してバンと音をたてて閉めた。
僕は閉じられたドアに向かって「3日だけでええけん!!」と叫んだ。
背中の方から女の子の泣き声が聞こえる。女の子は震える声で
「お願いやけん、食べんで・・・」と言った。
我慢が出来ず僕も声を上げて泣いた。
子犬が優しく僕の手をずっと舐めていた。
続く

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